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SSPI NEWS

SSPI NEWS No.48 (2023.11)

目次
  1. 2023年における世界の衛星通信・衛星放送業界の動向

2023年における世界の衛星通信・衛星放送業界の動向

筆者 近影
神谷直亮(Naoakira Kamiya)
衛星システム総研 代表
日本衛星ビジネス協会 理事

2023年の衛星通信・衛星放送業界は、大きな変革期を迎えたと言ってよい。その背景をキーワードで述べると「本格的なマルチオービット時代の到来」「電波と光のデュアルユースの開始」「官民共創の進展」「宇宙における公害の深刻化」の4つになる。

「本格的なマルチオービット時代の到来」を言い換えれば、LEO、MEO、GEOという「多層衛星通信ネットワーク」の予想以上に速い普及ということになる。
最も速いペース進んでいるのが、低周回軌道(LEO)で展開する小型衛星コンステレーションの構築である。スペースX社の「Starlink」、Eutelsat社の 「OneWeb」、アマゾン・ドット・コム社の「Kuipersat」、テレサット社の「Lightspeed」がこの軌道をめぐる4大オペレーターになると思われる。
「Starlink」によるブロードバンドサービスについては、すでに60か国で200万を超えるユーザーが存在すると言われている。日本でもKDDIとソフトバンクがすでに手掛けており、スカパーJSATも10月末に「年内をめどに提供を開始する」との発表を行っている。筆者のファイルでは、9月末現在、「Starlink」の打ち上げ済み衛星の累計は5,178機、内稼働中の衛星は,4,800機を超える。
「Starlink」の後を追う「OneWeb」は、9月28日にEntelsat社の傘下に入り新体制で臨んでいる。すでに北緯35度以北のアラスカやカナダなどでブロードバンドサービスを開始しており、2023年末にはグローバルサービスを開始する予定である。日本ではソフトバンク、アジアではタイのMuSpaceとの提携がすでに発表されている。
「Kuiper Project」を推進するアマゾン・ドット・コムは、待望のフィールドテスト用の「KuiperSat」衛星2機を、10月6日にUnited Launch Alliance社の「Atlas V」ロケットで打ち上げ、2024年から本格的な生産・打ち上げ段階に入る予定である。今後6年間で3,236機体制に持ち込む計画で、言うまでもなく業界の注目の的になっている。筆者の知る限り、現時点で顧客として提携を発表しているのは、南アフリカ共和国に本社を置くVodafoneとVodacomである。
カナダを本拠とするテレサット社は、8月11日に同社が進める「Lightspeed」用の192機の衛星をカナダの衛星メーカーのMDA社に発注した。打ち上げロケットに関しては、9月13日にSpaceX社の「ファルコン9」を契約している。投入には、14回の打ち上げが必要とのことで、サービス開始は2026年になる見込みである。
中周回軌道(MEO)では、SES社がすでに「O3b mPower」衛星を6機投入済みで、2024年には11機によるフルオペレーション体制が整うと思われる。日本では、NTTがこの「O3b mPower」システムに注目して、Private 5G SolutionとEdge-as-a-Service用に活用すべく提携している。

「電波と光のデュアルユースの開始」を思わせるプロジェクトが日本で2件進んでいる。この光通信を駆使する衛星ビジネスにチャレンジしているのは、スペース コンパス社とワープスペース社である。アメリカで先行していたスペースリンク社が、親会社(Electro Optic Systems)の方針転換で頓挫してしまったので、今や日本の2社が最先端を走っていると言ってよい。
2022年7月にスカパーJSATとNTTの両社が設立したスペース コンパス社は、光データーリレーネットワークを基盤とする宇宙統合コンピューティングネットワーク事業の実現を目指す。LEOを周回する観測衛星のデータを同社のGEO衛星でいったん受信して地上に中継する構想で、すでに光通信端末については、アメリカのSkyloom Global社(本社:米コロラド州デンバー)と契約を締結し、「SkyCompass 1号」衛星の発注も行われている。打ち上げは、2024年と発表されており、大いに期待が高まっている状況だ。
茨城県つくば市に本社を構えるワープスペース社は、3機の小型MEO衛星による光通信サービスを目論んでいる。「WarpHub InterSat」と名付けたこのサービスの狙いは、LEOを周回する地球観測衛星のデータを必要な時により早く同社のMEO衛星で受信して地上局にダウンリンクすることにある。同社は、すでに「LEIHO (Laser Exploration Inter-sat Hub One)」と名付けた3機の衛星をReOrbit社(本社:フィンランドのヘルシンキ)に発注し、6月に初号機の基本設計審査を完了している。今後、最終設計審査が予定通り終了すれば、2024年中の打ち上げも夢ではない。
上述した民間2社のビジネスと並行して内閣府、文部科学省、経済産業省が、経済安全保障需要技術育成プログラム(通称K Program)を推進しており、このプログラムの中にLEO衛星間光通信技術の強化が含まれている。言うまでもなくこの「K Program」には、既述のスペース コンパス社も参加している。

海外では、カナダのKepler Communications社が、2025年からLEO衛星を基盤にした光データリレーサービスを開始する目標を掲げている。搭載する光通信端末については、「ドイツのTesat社と契約した」とのことである。
アメリカでは、Honeywell社がYork Space SystemsとSkyloomの両社をパートナーにして、SDA(米国宇宙開発局)が構築を目指す光リンクを駆使するLEO衛星コンステレーションにチャレンジしている。

「官民共創の進展」で著しいのは、アメリカの軍事衛星システムの分野である。アメリカは、写真偵察衛星、電子偵察衛星、早期警戒衛星、防衛気象衛星、海洋監視衛星、軍事航法衛星、軍事通信衛星など多種多様な軍事衛星システムを構築しているが、このうちのGEOで運用する早期警戒衛星が、超低空を超音速、変速軌道で飛行する最新鋭のミサイル探知と追尾に追いつけないという事態に直面することになった。この厳しい新局面に応えるために、米国防総省宇宙開発局(SDA)が考案したのがPWSA(Proliferated Warfighter Space Architecture)である。この高速光通信を駆使するLEO衛星アーキテクチャーに全面的に協力しているのが、SpaceX、York Space Systems、L3 Harris、Northrop Grummanなどの民間企業である。
SDAの発表によれば、PWSA Tranche 0と呼ぶ初期段階で27機(トランスポートレイヤ19機、トラッキングレイヤー8機)を投入し、Tranche 1では161機、Tranche 2では270機に増やす計画である。すでにTranche 0の2回の打ち上げが行われており、4月に行われた第1回では、データ中継レイヤー衛星8機とミサイル探知・追跡レイヤー衛星2機がファルコン9ロケットで打ち上げられている。メーカーは、前者がYork Space Systemsで、後者はSpaceXである。この後、8月の第2回目の打ち上げでは、2レイヤー合わせて10機が投入された。
ちなみに日本のSpace Compass社はGEO衛星で、ワープスペース社はMEO衛星で地球観測LEO衛星のデータを中継する構想を描いているが、超低空ミサイルの追跡・探知機能はない。一方、防衛省が50機の低軌道周回衛星を駆使する光通信ネットワーク構想を発表しており、こちらの方は米SDAのPWSA構想に近いものになると思われる。

「宇宙における公害の深刻化」に関しては、スペースデブリ(宇宙ゴミ)の問題がすでに指摘されているが、今年になって光害や成層圏の汚染の問題が大きく取り上げられるようになった。
宇宙ゴミの除去にチャレンジする日本の事業者としては、アストロスケール、川崎重工業、スカパーJSAT、ブルの4社が挙げられる。
2013年に設立されたアストロスケール社は、「宇宙の持続性を確保する」を社是に2021年3月に除去技術実証衛星「ELSA-d(End-of-Life Services by Astroscale-demonstration)」をすでに打ち上げ、このミッションの成功を踏まえてすべての軌道にわたる多角的なサービスに取り組んでいる。具体的なサービスとしては、軌道上に存在するデブリ除去サービス、事前設計に基づく衛星運用終了後のデブリ化防止サービス、燃料枯渇衛星の寿命延長サービスなどがある。
「ELSA-d」は、2021年8月に衛星に搭載した磁石を活用する捕獲システムで模擬デブリの捕獲に成功している。これを踏まえて同社は、複数の衛星を除去する「ELSA-M(End-of-Life Services by Astroscale-Multi Client)」衛星の開発を進めているが、課題はクライアントとなる衛星にもインターフェースに磁石式ドッキングプレートの事前搭載が要求される。
アストロスケール社によれば、資金面では2023年2月に三菱電機、三菱商事、前田友作氏などを引受先とする第三者割当増資で約101億円を調達し、累計調達額は約435億円に達したという。
H2Aロケットの衛星フェアリングの製造業者として知られる川崎重工業は、2021年11月に自社開発のデブリ捕獲システム超小型実証衛星「DRUMS-2(Debris Removable Unprecedented Micro Satellite-2)」を、JAXAのイプシロンロケット5号機で打ち上げた。この「DRUMS-2」は、JAXAの革新的衛星技術実証2号機の実証テーマとして選定されたものであるが、衛星データの送受信は、同社の岐阜工場に設置した地上局で行っている。今後、川崎重工業は、仮想デブリを軌道上に放ち、自律的に追尾・接近・アームの伸展を実施して、模擬捕獲をおこなう計画を立てており成功を祈りたい。
スカパーJSATは、2020年から理化学研究所、JAXA、名古屋大学、九州大学などと共に宇宙ゴミ除去を目的とした衛星の設計、開発を進めている。特色は、クライアント衛星に接触しないため安全性が高いと言われる「レーザーアブレージョン方式」を採用していることである。この世界初の試みの課題は、レーザーアブレーションでどのくらいのレベルの推力が実現するのかと、捕獲したデブリ衛星に大気圏投入完了までの残燃料があるかどうかの判断と思われる。
宇都宮市に本社を構えるブル社は、今年6月末にALE社から事業譲渡を受けてスタートした新興の会社である。譲渡元のALE社は、2020年からJAXAと宇宙デブリ拡散防止装置の事業化に向けJ-SPARC(JAXA宇宙イノベーションパートナーシップ)に基づく共同実証を開始し、EDT(誘電性テザー)によるデブリ対策装置の開発を手掛けてきた。理由は、はっきりしないがALE社は、同社本来の人工衛星を使う世界初の人工流れ星プロジェクトに集中することになり、デブリ対策プロジェクトをブル社に譲渡する方針を取ったものと思われる。
これを受けてブル社は、さっそく7月にロケット向けデブリ化防止装置の開発プロジェクト「HORN」をスタートさせている。狙いは、宇宙ゴミの速度を落とし、大気圏に落下して燃え尽きることを早める装置の開発だ。つまり、ロケットや衛星にあらかじめ搭載し、運用を終えたタイミングで作動する仕組みである。同社によれば、まずは装置の試作品を完成させ、今後1~2年以内の事業化を目指すという。

光害(Light Pollution)については、人口が密集し経済活動が活発な都市では、過剰な光で夜空が明るくなり天体観測にとっては障害となると言われ続けてきた。このような主張に加えて、昨年からLEO衛星コンステレーションによる光害が取り上げられるようになった。
LEOによる光害の問題を最初に提起したのは、2022年5月5日付の讀賣新聞である。同紙によれば、「国際天文学連合(International Astronomical Union)が、破壊的で有害な干渉から天体観測能力を保護しなくてはならないという観点から国連宇宙空間平和利用委員会(United Nations Committee on the Peaceful Uses of Outer Space)に対策を求めた」という。具体的なクレームは、「急増している低軌道周回衛星に太陽光が反射して天体観測を妨害している」というものである。この様な指摘を察知したのか、最大のLEOコンステレーションを運用するSpaceX社は、すでに各衛星に反射を防止する対策を講じたという経緯がある。
今年になって光害問題を再度指摘したのは、10月17日付の朝日新聞(夕刊)で、対象となった衛星はAST Mobile社が打ち上げた「Blue Walker3」衛星だ。このLEO衛星には、64平方メートルという巨大なアンテナが搭載されており、1等星並みの明るさの天体になっているという。今後衛星の数が増えると地上の望遠鏡観測などの邪魔になる恐れがあるのは言うまでもない。
成層圏の汚染については、不要になった衛星や不具合が発生した衛星などを大気圏に再突入させて焼却しているので、数が増えればいずれ問題が発生すると予想される。最も深刻なのは、焼却で発生する酸化アルミニウムによるオゾンの破壊と思われNASAによる痕跡の追及が始まっている。

危機管理産業展2023:「Starlink」ブロードバンドサービス用の送受信システム
「危機管理産業展2023」(10月11日から13日まで東京ビッグサイトで開催)に出展したKDDIは、LEOで展開する「Starlink」ブロードバンドサービス用の送受信システムを前面に押し出していた。(筆者撮影)

「SkyCompass-1」衛星
スペース コンパス社は、「SkyCompass-1」衛星を打ち上げて「光と電波(Kaバンド)のデュアルユース時代」の先陣を切り、さらに宇宙統合コンピューティングネットワークの構築を目指す。(出典:space-compass.com)