神谷直亮
衛星システム総研 代表
日本衛星ビジネス協会 理事
2024年には、低周回軌道(LEO)、中周回軌道(MEO)、静止軌道(GEO)に加えて、長楕円周回軌道(HEO)と超低周回軌道(VLEO)の活用が見られ、まさに「マルチサテライトによるマルチオービット衛星の時代」が定着したと言える。
LEO衛星に関しては、SpaceX社の「Starlink」とEutelsat Groupの「OneWeb」という2大コンステレーションの動向が話題を独占したが、テレサット社の「Lightspeed」、アマゾンの「Project Kuiper」も進展を見せた。
8月には、中国の上海宇宙通信衛星技術(Shanghai Spacecom Satellite Technologies)社が18機のLEO衛星を「長征6A」ロケットで打ち上げて「千帆星座」の構築を始めた。その後36機を投入して、同社の発表によれば2025年末には648機に、2030年には15,000機のコンステレーションを完成する計画とのことで業界の関心を呼んだ。
他にもルワンダのE-Space社とイスラエルのNLS Comm社が新規事業者として名乗りを上げた。E-Space社は、11月に実証試験衛星「Protosat-1」を「Electron」ロケットで打ち上げて注目の的になった。同社の発表によれば、10万機を超えるコンステレーションを計画しているという。
さらに米国では、Logos Space社が米連邦通信委員会に3,960機のLEOシステムの申請を行ったとの情報が流れて、2025年に向けてLEO業界は新展開の様相を呈している。
MEO衛星としては、イリジウムとグローバルスターがお馴染みだが、ルクセンブルグのSES社を忘れることができない。同社は、現在6機の「O3b mPower」衛星で高速大容量の通信サービスを行っているが、さらに「mPower 7号」と「同8号」衛星を計画しており、年内または年初に打ち上げが行われる予定である。
LEOの話題に押されはしたが、GEO衛星も健闘した。契約面では、アジアの事業者が目立った。日本のスカパーJSAT社が「JSAT-31」、タイのタイコム社が「タイコム9」、フィリピンのOrbits社が「Agila」衛星の契約に踏み切っている。もう一社、マレーシアのUzma Berhad社もフィンランドのReorbit社と小型GEO衛星で提携したがまだ詳しい契約内容や衛星名を公表していない。一方、ヨーロッパでは、年初にギリシャのHellasat社が「Hellasat 5」衛星をフランスのタレスアレニアスペースに発注している。
GEO衛星の打ち上げでは、2月に「Telekomsat-113BT」、3月に「Eutelsat-36B」、6月に「SES-1P」、7月に「Turksat—6A」が投入され、11月になって韓国の通信・放送衛星「Koreasat-6A」とインドのNewSpace社のKaバンド通信衛星「GSAT-20」が、それぞれ「Falcon-9」ロケットで打ち上げられた。この他、12月に入ってアメリカのシリウスXM社の放送衛星「SXM-9」が久しぶりに投入されて注目を浴びた。
HEOに関しては、8月にSpace Norway HEOSat 社が「ASBM 1 & 2(Arctic Satellite Broadband Mission 1 & 2)」衛星を打ち上げている。Northrop Grumman社製の衛星で、傾斜角63度、遠地点43,500km、近地点8,100kmのHEOを周回しながら北緯65度以北を主にカバーする。
VLEO衛星と取り組んだのは、米国宇宙軍直属の宇宙開発局(SDA)である。SDAが構築しているのは、「Proliferated Warfighter Space Architecture」と呼ばれる戦闘型宇宙体系で、超低空を超音速かつ変速軌道で飛行する最新鋭のミサイルの探知と追尾を目的としている。運用される高度は、大気圏に近い高度250kmから350kmである。
打ち上げロケット業界では、次世代ロケットが次々に華やかにデビューした。
まず、何といっても日本の基幹ロケット「H3」が、他に先駆けて絶妙なスタートを切った。2月に試験機2号の打ち上げに成功してから3号機、4号機が順調に軌道に乗り、12月になって5号機の打ち上げを2025年2月1日に実施するとの発表を行っている。
次いで、フランスのアリアンスペース社が、7月9日に「アリアン5」の後継機となる「アリアン6」ロケットの初打ち上げを成功させた。商用打ち上げを目指す2回目は、2025年2月中旬の予定である。
さらに、スペースX社が11月19日に「Starship」の6回目の飛行試験に成功した。この打ち上げには、トランプ次期大統領が立ち会ったことで広く報道されることになった。ロケットの推力の強化を図るという7回目の打ち上げは、2025年1月中旬の予定である。
期待の4番手とみなされるBlue Origin社の「New Glenn」ロケットの打ち上げは、当初の計画より大幅に遅れて、2024年内に初打ち上げが行われるかどうか危ぶまれる結果となっている。
アプリケーションの分野では、スマホと衛星間の直接通信を行う「サテスマビジネス」が浮上した。まず、先行するアップルが巨額(推定15億ドル)を投じてLEO衛星を運用中のグローバルスター社と提携を深めて逃げ切る戦略に出ている。
次いで、すでに5機のLEO衛星の運用を始めているAST SpaceMobile社が、2,400平方ft(約222平方m)の展開型アンテナを搭載する次世代「BlueBird」衛星の打ち上げ計画を発表して追随を図っている。
さらに11月末にFCCがSpaceX社から申請のあった 同社の「Starlink」LEO衛星とT-Mobile社のスマホ間による通信サービスを許可した。
ヨーロッパでは、11月にSkylo社が、ドイツテレコム、クアルコムと組んで、GEO衛星を使うSMS通信の興味深い実証を試みている。
予想通り2024年には、電波に加えて光を通信に活用するデュアルユースへの期待が一気に高まった。日本では10月にJAXAが、光データ中継衛星に搭載しているLUCAS(Laser Utilizing Communication System)と先進レーダー衛星「だいち4」(7月に打ち上げ)間で、懸案の衛星間光通信を実現し、世界最速と言われる1.8Gbpsの伝送を達成したことで世界の脚光を浴びた。電波による通信が混雑状態に達していることから、世界的に光通信への期待が高まっており、アメリカのSpaceX社、カナダのTelesat社、中国のChina Telecom社、ドイツを拠点とするRivada Space Networks社などが光通信を取り込んでしのぎを削る状況にある。日本では、すでにSpace Compass社とWarpspace社が光データ中継サービスに注目して先行しており成功を祈りたい。
日本国内では光通信以外に、防衛・災害対策衛星の打ち上げと宇宙戦略基金が注目を集めた。防衛・災害対策衛星として2024年に打ち上げられたのは、内閣衛星情報センターの「IGS-K8」(情報収集衛星光学8号)と「IGS-R8」(情報収集衛星レーダー8号)である。前者は、1月に、後者は9月に「H2A」ロケットで投入された。
防衛省は、10月にXバンド防衛通信衛星3号「愛称きらめき3号」を「H3」ロケットで打ち上げて態勢を整えた。すでに運用中の「きらめき1号」「きらめき2号」とともに、日本の防衛通信の基盤を形成する超重要な衛星である。
一方、日本の民間宇宙・衛星ビジネスを成長に導くための巨額な宇宙戦略基金が日本の業界に新風を巻き起こした。切っ掛けは、4月に高市早苗・科学技術相(当時)が、記者会見で「宇宙戦略基金をJAXAに設置する」と発言したことによる。基金の総額については、内閣府、総務省、文部科学省、経済産業省が連携して10年間で1兆円規模と発表された。支援の対象は、衛星、探査、輸送の3分野の技術開発である。
話を世界に戻すと大型合併の余波に揺さぶられた。昨年のレポートでふれたように、2023年9月にEutelsat GroupとOneWeb社の大型合併が成立して業界が一変した。その後、2024年に入って、まず4月にルクセンブルグのSES社が、インテルサット社を買収するとの発表を行っている。まだ両社間で合意に達した段階で、これから関係官庁の許可を待たなければならないが、2025年には100機を超えるGEO衛星と26機のMEO衛星を運用する巨大な衛星通信事業者が誕生する公算が大である。
次いで、9月末にアメリカ最大の衛星放送事業者として君臨するDirecTVによるDish Networkの合併が発表され、独占的な衛星有料テレビ会社が誕生すると思われたが11月中旬にご破算となった。Dish Network側で、負債の処理に関する思惑違いがあったようだ。
さらに、11月には、フランスの衛星メーカーの大手Thales Alenia Space社とAirbus Defense & Space社との合併説が急浮上したがこれも立ち消えとなった。背景には、LEO衛星の台頭により両社が得意とするGEO衛星の需要が半減するという危機感があったようだ。
前向きに進んだ案件としては、GoGo Business Aviation社によるSatcom Direct社の買収があげられる。12月初めに発表されて、マルチオービット、マルチバンドによる官民の航空機向けの強力な「In-flight Connectivity」提供事業者が誕生することになった。買収金額は、現金、株の譲渡、インセンティブなど合わせて5億ドルを超えると言われる。
最後にGEO衛星の話に戻るが、小型が中心のLEO衛星の発想に触発され、長い歴史を積み重ねてきた大型GEO衛星の分野でも「Smallsat」と呼ぶ小型衛星市場の拡大が見られるようになった。この小型GEO衛星の分野をけん引したのは、Astranis Space、SWISSto12、Ovzon、Terran Orbitalの4社である。Astranis Spaceは、3月にタイのタイコム社と「Thaicom 9」の契約を取り交わした。SWISSto12社は、Intelsat社から1機、Inmarsat社から3機のオーダーを獲得して製作に勤しんでいる。