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世界の衛星通信業界の動向

2015年における世界の衛星通信・衛星放送業界の現状と動向

神谷直亮(Naoakira Kamiya)
衛星システム総研 代表
日本衛星ビジネス協会 理事
アジアパシフィック衛星通信協会 前副会長

筆者 近影
筆者 近影

2015年における特筆すべき成果としてまず挙げられるのが、3月1日に行われたABS-3A衛星とEutelsat-115 West B(旧Satmex-7)衛星の同時打ち上げである。Falcon-9ロケットで投入されたこれら2機の衛星は、電気だけを動力とする全電気推進衛星のパイオニアとして知られる。化学燃料を搭載していないので、打ち上げ時の重量がそれぞれ1,900kg、2,200kgと軽く、両機を合わせた打ち上げ費が6,000万ドルで済んだという。しかし、静止軌道に到達するまで8か月かかるというのが、ハンデイキャップであった。ところがAsia Broadcast Satellite社のABS-3A衛星は、8月31日からフル・オペレーションに入り、約6か月で画期的な静止軌道でのデビューを飾った。西経3度で運用中のこの衛星には、36MHz換算で100台近いC/Kuバンド中継器が搭載されていると言うから驚きである。
引き続いて投入される予定であったABS-2AとEutelsat-117 Westの両衛星は、2015年6月に発生したロケットの事故で打ち上げは実現しなかったが、ボーイングが同社の702SPバスをベースに製作したこれら4機がきっかけとなって、世界的に全電気推進衛星の数が増えつつある。
ボーイング社は、その後SES社とSES-15衛星を契約し、エアバス・デフェンス&スペース社もSES-12、同14衛星を受注して製作中である。本来、化学燃料タンクが占めるスペースに2倍以上の中継器を搭載するというSES-12は、2017年第四四半期に打ち上げが予定されている。
これらの動向を横目で睨みながら10月になって、ユーテルサット社がタレス・アレニア・スペース社に最新鋭の「全電気推進スペースバスNEO」をベースにしたKaバンドHigh Throughput Satellite(HTS)を発注した。同社は、2019年に打ち上げられるこの75Gbpsの大容量を有し、65のスポットビームを駆使する衛星で、アフリカ大陸の30か国を対象としたブロードバンドサービスを提供すると息巻いている。なお、年末になって中国も欧米に負けまいと2020年には、全電気推進衛星を打ち上げると宣言した。

次いで、2015年3月にワシントンで開催された「Satellite 2015」で急浮上した低周回軌道小型衛星プロジェクトに注目が集まった。この分野では、5社ほど名前が挙がったが、OneWebとLeoSatの2社が抜け出した。720機によるコンステレーションを目論むOneWeb社は、クアルコム、バージン・グループ、インテルサット、エコスター、インドのBharti Enterprises、メキシコのTotalplay Telecommunications、エアバス・グループ、コカコーラなどを出資者兼業務協力者として獲得し、エアバス・デフェンス&スペース社に衛星を発注した。インテルサットが投資を決めた理由としては、同社の静止衛星とOneWebの周回小型衛星の両ネットワークによるサービス面での相乗効果を狙ったと言われている。エコスターの参加目的は、子会社のヒューズ・ネットワーク・システムズによるフェーズドアレイ送受信アンテナの開発と販売と思われる。
一方、108機のプロジェクトを掲げたLeoSat社は、フランスとイタリアに拠点を持つタレス・アレニア・スペース社(TAS)に衛星の開発を依頼した。TASを選んだ理由については、イリジウム衛星の実績が挙げられている。
両社の大きな違いは、OneWeb社がインターネット・ユーザーへのグローバルなきめ細かい直接サービスを狙っているのに対し、LeoSat社はB2Bのサービスを対象にすると言っている。OneWeb社が上りにKaバンド、下りにKuバンドを使用するのに対し、LeoSatは上り下りともKaバンドを使うという。

さらに、デジタル・プロセッサーとスポットビームを多用して、周波数の再利用を行うことでビット当たりのコストを極力下げようというHTS の勢いが止まらなかった。ユーテルサット社の「スペースバスNEO」 HTSについてはすでに触れたが、アメリカのバイアサット、ヒューズ・ネットワーク・システムの両社も第3世代衛星の打ち上げに踏み切った。インテルサットも同社独自のEPIC衛星に加えて、スカイパーフェクトJSAT社と共同でHorizons-3衛星を発注した。ルクセンブルグのSESもHTSを製作中である。
上述した3つの潮流を踏まえて中期的な観点でまとめると、従来の静止衛星による「Mbpsの時代」からHTSの「Gbpsの時代」へ、さらに108機〜720機といった低軌道小型周回衛星コンステレーションによる「20〜30Tbpsの時代」へ業界が動き出していると見てよい。

「Satellite 2015」で低周回軌道小型衛星コンステレーション計画をぶち上げたOneWeb社のGreg Wyler創設者。
「Satellite 2015」で低周回軌道小型衛星コンステレーション計画をぶち上げたOneWeb社のGreg Wyler創設者。

OneWeb社が「Satellite 2015」で公開したユーザー用の送受信端末。
OneWeb社が「Satellite 2015」で公開したユーザー用の送受信端末。

2015年を象徴するもう1つの大きな潮流は、M&Aと戦略的提携である。まず、何といっても米大手通信事業者と衛星放送事業者による大型M&Aが注目を浴びた。米連邦通信委員会(FCC)が、AT&TによるディレクTVの買収を7月に承認したのがきっかけである。買収金額は、490億ドルと言われている。早速、AT&Tは、8月中旬から、衛星テレビ(DirecTV)とIPTV(U-VerseTV)の相乗効果を狙う活発な販売活動を始めている。この結果、2015年9月末で2540万加入を達成し、ケーブルテレビ大手のコムキャスト(加入者数、2230万)を抜いて全米一位の有料テレビ放送事業者になったという。これを踏まえて、エコスターが子会社のデイッシュ・ネットワークとTモバイルUSAの合併を画策しているとの噂が広まったが、年内には際立った動きが見られなかった。
衛星通信サービス提供事業者では、スピードキャスト社がNewSatテレポート、STテレポート、SAIT Communications、NewCom International、Geolink、Hermes Datacomを次々に買収して業界を驚かせた。衛星と打ち上げロケット業界では、オービタル・サイエンスとAlliant Techsystems (ATK)の両社が合併してOrbital ATKが誕生した。
インテルサットとスカパーJSATの戦略的提携についてはすでに触れたが、インテルサットは、この他にアゼルバイジャンのAzercosmosとAzerspace-2/Intelsat-38衛星の打ち上げで提携している。
テレサット・カナダと香港のAPTサテライトによるTelstar-18 Advantage/APSTAR-5Cの提携は既定の路線に沿ったものと見なしてよいが、ユーテルサット、イスラエルのスペースコム、フェイスブックの3社によるアフリカ向けブロードバンドサービスに関する戦略的提携は驚きの目で見られた。

新規衛星の開発分野では、欧州宇宙機関(ESA)、エアバス・デフェンス&スペース、ユーテルサットの3社・機関による「Quantum」衛星構想の発表が注目の的になった。

特殊な分野で目についたのは、4K High Dynamic Range (HDR)コンテンツ、旅客機向けIn Flight Connectivity (IFC)/Direct To Seat (DTS)サービス、衛星測位システムの動向である。
次世代テレビとして注目を集めている4K8Kに関しては、9月にアムステルダムで行われた「IBC2015」で、ルクセンブルグのSES社がLG電子と組んで「SMPTE ST 2084」に準拠した4K HDR映像の配信デモを実施して話題になった。この後、11月に「Inter BEE 2015」が開催され、スカイパーフェクトJSATが、東京メディアセンターから「Hybrid Log-Gamma」方式に基づく4K HDRコンテンツを展示会場に配信して注目を集めた。HDR (Extended Image Dynamic Range for Televisionとの呼び方もある)の世界的な統一規格はまだ存在しないが、現在、この分野では、ドルビービジョンの「PQ (Perceptual Quantizer)」とBBC R&DとNHKが開発した「Hybrid Log-Gamma」が競っている。

「InterBEE2015」では、スカイパーフェクトJSATが、4K HDRコンテンツの衛星配信を行って注目の的になった。
「InterBEE2015」では、スカイパーフェクトJSATが、4K HDRコンテンツの衛星配信を行って注目の的になった。

IFC/DTSに関しては、9月にルフトハンザがインマルサットのグローバル・エクスプレス(GX)サービスを使うブロードバンドIFC/DTS構想を発表した。さらに、11月にシンガポール航空も、GXサービス網を活用するIFC/DTSサービスを行うと宣言して、この分野にますます勢いが付いた。シンガポール航空のパートナーとして名前が挙がっているのは、SITA OnAirとハネウェルである。アメリカのハネウェル製で「JetWave」と呼ばれるKaバンド対応の送受信機が、まずBoeing B777-300ERに取り付けられ、サービスが開始される。その後、エアバスのA380-800とA350-900にも搭載されるという。
アジアでは、早々とタイのタイコムがNok Air向けにGEE (Global Eagle Entertainment) システムによるサービスを始めており、アジアパシフィック地域全体に拡大しつつある。日本では、JALがGoGoとパナソニック・アビオニクスと組んで、それぞれ国内線、国際線でサービスを始めている。ANAはまだ国内線サービスのパートナーを発表していないが、国際線で提携しているパナソニック・アビオニクスの「eX3」に統一されると思われる。

衛星測位システムの競演も目を見張らせるものがあった。EUが出資し、欧州宇宙機関(ESA)が開発を担当するガリレオ測位衛星2機が、9月にソユーズロケットで打ち上げられた。30機で構成する予定のシステムの 9機目、10機目となる衛星である。衛星は、ドイツのOHB SystemとイギリスSSTLが製造している。その後ESAは、12月になってさらに2機をソユーズで打ち上げた。残りの衛星18機は、2016年から2018年にかけて打ち上げられ、2020年からフル稼働する計画になっている。この間、ESAは、2016年には、イニシヤル・サービスを開始できると宣言した。
アメリカでは、最新のGPS 2Fシリーズの打ち上げが続いており、2015年には、9、10、11号機が打ち上げられた。日本も遅ればせながらQZSSを3機製作中で、2017年には4機体制にする。中国の北斗(Beidou)に関しては、9月に20機目が打ち上げられた後、スローダウンしている。しかし、2020年に35機によるグローバルカバレージを実現する目標はまだ変わっていない。

2015年は、必ずしもすべてがうまくいったわけではない。4月にニューサット社が破産に追い込まれ、衛星メーカーのロッキード・マーチン、打ち上げサービス事業者のアリアンスペースが被害を被った。アメリカの輸出入銀行とフランスのCOFACEの融資を行っていたので、ファイナンスを申請中や申請計画中の事業者が余波を食らった。
2014年5月の打ち上げ失敗で頓挫していたプロトンが、2月にインマルサット5衛星を成功裏に打ち上げてカムバックを果たした。これで打ち上げサービス業界は安泰と思っていたら、5月にまたプロトンが「MexSat-1」衛星の打ち上げに失敗し、翌月の6月にはSPACE-X社が、Falcon-9の打ち上げに失敗するという事態となり、衛星通信・衛星放送業界に深刻なインパクトを与えた。ファルコン9は、12月19日に一応復帰を果たしたが、これからどのようなペースで打ち上げが継続できるのか気がかりである。
11月末になって軌道上での不具合を起こしたのは、打ち上げから4年しかたっていないイスラエルのAMOS-5衛星である。全損事故となると思われ、業界に衝撃を与えた。衛星のメーカーは、ロシアのJSC Information Satellite Systemsである。
(2016年1月18日)