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世界の衛星通信業界の動向

世界の衛星通信・衛星放送業界の2019年における現状と動向

筆者 近影
神谷直亮
衛星システム総研 代表
日本衛星ビジネス協会 理事

冒頭から手前みそで恐縮だが、2019年は36のイベントや展示会に出席した。言うまでもなく「宇宙と衛星」が大黒柱であるが、今年は「5G(第5世代移動通信システム)」と「VR(仮想現実)/AR(拡張現実)/MR(複合現実)」にも首を突っ込んだのが急増の理由だ。
5Gに注目したのは、「ラグビー・ワールドカップ日本」の開催を契機に、NTTドコモがマルチ画面視聴とVR視聴の熱心なプロモーションを行ったからである。今年の「InterBEE2019」では、ソフトバンクと楽天モバイルも実証試験の結果を公表していた。
VR/AR/MRは、まだニッチなマーケットにすぎないが、スマホの次にブレークするような予感がした。12月2日に開催された「VR/AR/MRビジネスEXPO」では、アメリカのマイクロソフト製「Hololenz-2」、中国のピコ・テクノロジー製「Pico G2 4K」など、多種多彩なヘッドセットを使った最先端のデモが行われ大賑わいであった。
いずれにしても今から5年後にどのようなメディアやプラットフォームが台頭しているのか興味津々だ。

さて、主題の衛星通信・衛星放送関連のイベントで今年最も印象に残ったのは、やはり「Satellite 2019」((5月6日から9日まで、ワシントンD.C.で開催))である。このイベント会場で出会ったのが、OneWeb社のエイドリアン・ステッケル(Adrian Stickel) CEOで、非常に短時間ではあったが話を聞くことができた。
ステッケルCEOは、「OneWebは、衛星の製造工場から周回する衛星との送受信地上設備まで垂直統合ができており、他の競合衛星通信事業者より数歩先んじている。また、使用する周波数を確保しているという面でも優位にある」と語り自信満々であった。また、「12億5000万ドル(当時)の資金調達ができている。技術面ではエアバス、ヒューズ・ネットワーク・システムズ、クワルコムなどの支援を得ている。残るリスクは、ユーザー端末の価格をどこまで低減できるかだ」と語っていた。

一方「Satellite 2019」での予想外の収穫は、マイク・ペンス副大統領の特別講演であった。同副大統領は、5月7日の昼食会の際に登壇して、「静止衛星から低軌道周回衛星への大きなマーケットシフトの段階で、アメリカの民間企業が衛星と打ち上げサービスの両面で応分の役割を果たすことが非常に重要だ。ホワイトハウスは、この支援策としてライセンスの付与、規制緩和、運用などの面で、不必要なものを極力取り除きストリームライン化を図る。また、政府機関と民間企業との間で必要なデータシェアリングを促進する環境を整える。特に、衛星の打ち上げ時や軌道上の衛星との衝突を防止するという安全面から米軍が保有するデブリ(宇宙ゴミ)のデータと民間企業が取得するデータをシェアする必要性が生じており、これが現時点で最も重要と考えている」と語っていた。

次いで、「コミュニックアジア2019」(6月18日〜20日、シンガポールで開催)の会場で、チャイナ・サトコムのヤオ・ファハイ上席副社長に会って話す機会を得た。同氏は、「高速大容量通信衛星に力を入れている。3機製作中だが、その内のチャイナサット26は、150Gbps衛星に仕上げる予定。アプリケーションの面では、当面4K8Kの配信・放送が主対象で、北京オリンピックまでに8K 1チャンネルの実現を目指す」と強調していた。
なお、同展示会でチャイナ・サトコムは、「チャイナサット11」衛星と月の裏側に上陸を果たした「嫦娥4号(Chang’e Rover)」のモデルをブースに飾り「12機の衛星を運用中で、4機を製作中」と大風呂敷を広げていた。製作中の4機の明細を聞いてみたら「チャイナサット16、同18、同19、同26。この内のチャイナサット16と18は、Kaバンドマルチビームを駆使する高速大容量通信衛星」と答えていた。

今年、日本国内で初めて出会った珍しい衛星としては、シンスペクティブ社の小型XバンドSAR(合成開口レーダー)衛星が挙げられる。同社は、「IGARSS2019(地球科学・リモートセンシング国際シンポジウム)」(7月29日から8月2日、パシフィコ横浜で開催)に出展して、「StriX」と名付けたフルサイズのモデルを展示して気を吐いていた。同社は、2018年2月に創業したばかりの宇宙スタートアップ企業であるが、「累積資金調達額はすでに109億円に達している」という。ブースの担当者は、「2020年に実証初号機を打ち上げる。2022年には6機体制にする。最終目標は、25機のコンステレーションを構築して世界主要都市の日次観測を実現する」と語っていた。また、衛星の質量と解像度については、「1機の質量は100kg、初期の解像度は3m」と述べていた。

今年の回顧はこのくらいにして、2019年11月末現在の世界の衛星通信・衛星放送業界を全体的に見回してみると、注目は、OneWebとSpace Xの衛星投入競争、SESによる「m-Power」衛星の推進、ViaSatの「Viasat-3」シリーズのグローバルな展開ということになる。
興味深いのは、OneWebとSpace Xが低軌道周回衛星(LEO)ビジネスを狙っており、SESの「m-Power」は中軌道周回衛星(MEO)を推進している。一方、ViaSatは、第一世代、第二世代、そして第三世代の「Viasat-3」とすべて静止軌道(GEO)からのサービスに固執するという宇宙の3軌道をフルに活用するシステムが世界的に出来上がりつつある。

OneWebが今年あらためて注目を集めたのは、Iridiumとの提携を発表したからだ。両社の戦略は、伝統のある衛星通信事業者Inmarsatの路線を踏襲しようとしているように見える。つまりInmarsatの静止軌道を使うKaバンドによる「グロバルエクスプレス」サービスとLバンドを駆使する「フリートエクスプレス」サービスを、OneWebとIridiumはLEO衛星で実現しようとしている。良く知られている通りIridiumは、すでに66機のIridium Next衛星を打ち上げており、OneWebは、高度1200kmに648機の衛星コンステレーションの構築を目指す。ソユーズロケットによるOneWeb衛星の本格的な打ち上げ開始は2020年1月の予定で、グローバルなサービス開始は2021年と見込まれる。
OneWebをめぐっては、日本でも興味深いニュースが駆け巡った。ソフトバンクの11月28日付け報道発表によれば、エクセノヤマミズ、商船三井、旭タンカー、三菱商事などが出資するe5 Lab社と組んで、OneWeb衛星を使う船舶向けの海上ブロードバンドサービスを提供するという。サービス開始は、2021年を予定している。送受信には、平面アンテナを考えているというのも面白い。アプリケーションの一つが、陸から操縦する遠隔操船ということで人手不足を補うことも考えているようだ。
 
LEOで注目を集めているもう一社は、Space Xだ。同社は、2018年に2機の実証試験衛星「Tintin A(Microsat-2a)」「同B(同2b)」を打ち上げ、2019年には、5月と11月にそれぞれ60機の「Starlink」と名付けた衛星を投入している。同社の「Starlink」コンステレーション計画は非常に野心的で、10,000を超える衛星を打ち上げると息巻いている。10月には、FCCに対し3,000機を追加投入する申請を行った。サービス開始の目標は当初2020年末と言われていたが、おそらく2021年にずれ込むと思われる。

LEO衛星に関しては、Telesat Canada、Xinwei、Boeing、Kepler Communications、Sky & Space Global、Astrome Technologiesなども名乗りを上げており計画の面では乱戦模様を呈している。
中でも最も先行しているTelesat Canadaは、2018年1月に1機の実証試験衛星「Phase 1 LEO」を打ち上げ鋭意通信機能の実証試験中だ。経営的には、カナダ政府のお墨付きをもらい、2018年11月にはアメリカのDARPA (Defense Advanced Research Project )のBlackjackプロジェクトの契約を取り付けて基盤を固めつつある。同社の計画では、高度1,000キロに当初117機、最終的には234機の衛星を打ち上げるという。

MEO衛星ビジネスに注力するSESは、傘下のO3bネットワークスがすでに20機の衛星を高度8,000キロに打ち上げてサービスを開始している。これでひと段落かと思っていたら、第2世代の「m-Power」衛星を7機もボーイングに発注して、さらにサービスの高度化を図る戦術に出た。「mPower」と名付けられたこの第2世代衛星の伝送容量は1機1Tbpsで、スポットビーム数は1機4,000という前代未聞の衛星になると言われている。
SES以外に、MEO衛星プロジェクト計画を進めているのは、ViaSatとLaser Light Communicationsだ。ViaSatは、高度8,200キロに24機の衛星を、Laser Light Communicationsは、高度10,000キロに12機の衛星を打ち上げる計画を練っている。

GEO衛星の分野では、これまで衛星放送ビジネスが謳歌を極めてきたが、このところHTS(High Throughput Satellite)、VHTS (Very High Throughput Satellite) と呼ばれるマルチビーム超大容量通信衛星によるデータ通信の比重が増しつつある。HTS/VHTSシステムで注目を集めているのは、何んと言ってもViaSatで、他にもIntelsat/SKY Perfect JSATの「Horizons-3e」、Hughes Network Systems(HNS)の「Jupiter-1/2/3」、Eutelsatの「Konnect」などが挙げられる。
ViaSat社の「Viasat-3」は1Tbps超大容量衛星、HNS社の「Jupiter-3」は500Gbpsを誇る。これを追うようにEutelsat社が75Gbpsの「African Broadband Satellite (後にKonnectと改名)」をタレス・アレニア・スペース社に発注して話題になった。
ViaSatによれば、「Viasat-1」はアメリカ向けで2021年初めの打ち上げ、「Viasat-2」はヨーロッパ向けで2021年末打ち上げ、「Viasat-3」はアジアパシフィック向けで2022年の打ち上げを予定しているという。

上述したように、GEO衛星のセクターではHTSの勢力が拡大し、MEO衛星、LEO衛星のセクターでも積極的な事業展開が見られる。つまり、世界的にGEO、MEO、LEOという宇宙の3軌道をフルに活用する衛星運用サービの新しい時代を迎えている。「Industry 4.0」「Society5.0」といった言葉が浮上しているが、筆者は、これを「Space EO 3.0」と名付けている。「EO」は、もちろん「Earth Orbit(軌道)」で、3軌道をフルに使う「3.0コンステレーション時代」の到来である。

衛星放送のセクターでは加入者減がたびたび報じられ順風満帆とは言えないが、心強いニュースを2件入手することができた。1件は、4K8Kチャンネルが増加傾向にある。ユーテルサットが「MIPCOM2019」(10月14日〜17日、フランスのカンヌで開催)で発表したデータによれば、世界で4K8Kチャンネルが前年比20%増え、衛星放送チャンネルは93に達したという。もう1件は、マレーシアのミアサットとエジプトのナイルサットが「Measat-3d」「Nilesat-301」衛星をそれぞれ発注し、衛星放送継続の強い意志を示した。

衛星通信機器の分野では、平面アンテナが今年の注目だ。「Satellite 2019」の展示会場では、Phasor、Kymeta、ThinKom、Satcube、SatixFy、OmniAccess、GetSATなど数えきれないほど多くのメーカーが実機、または試作機を出展していた。
「モバイル・ブロードバンドの将来を担う」を旗印に掲げたPhasorは、同社の平面アンテナがスペインのイスパサット社と旅客機向けエンターテイメントサービスを行っているGOGO社に採用されたとの報道発表を行った。これを受けて、実機を一目見ようとする来場者でブースは異常な賑わいを見せていた。
Kymetaは、個室を借りてきめの細かい顧客対応を試みていた。今回のホットニュースは、CopaSAT とパラダイム・サテライトの2社をパートナーにしたモバイル・アプリケーション領域でのビジネス拡大であった。
ThinKomは、「Satellite 2019」ではエアライン15社に同社のKaバンド平面アンテナを売り込んだと息巻いていたが、その後8月になって複数のLEO/MEO衛星に効率よく対応できる「Array of Arrays Gateway」平面アンテナを開発したとの発表を行って注目を集めている。来年の「Satellite 2020」でTelesat CanadaのLEO衛星で実証した結果を公表する予定とのことで楽しみにしている。
Satcubeは、可搬型平面アンテナの実機をブースに並べてPRに余念がなかった。日本では、エーテイコミュニケーションズがすでに販売を開始しており、良く知られた製品と言える。
中国からは、Tray Technologyを筆頭に、Global-way、SATPROが加わり3社がそれぞれ工夫を凝らした平面アンテナを紹介していた。
完全な平面アンテナではないが、平面に近い特殊なマルチビーム・アンテナを開発中のアイソトロピック・システムズ社は、内部に組み込む3種のレンズ(GEN2 Ku、GEN3 Ku、GEN4 Ka)を初めて公開し、2020年にプロトタイプを完成し、2021年から販売を開始すると宣言した。非常に特殊な「Transformational Optical Approach」の共同開発パートナーは、QinetiQ社とのことであった。
(2019年12月15日)

「Satellite 2019」では、OneWeb社のエイドリアン・ステッケル(Adrian Stickel) CEOが注目を集めた。
「Satellite 2019」では、OneWeb社の
エイドリアン・ステッケル(Adrian Stickel) CEOが注目を集めた。

ペンス副大統領は、民間企業が衛星と打ち上げサービスで応分の役割を果たすことが重要と強調した。
ペンス副大統領は、民間企業が衛星と打ち上げサービスで
応分の役割を果たすことが重要と強調した。

エアバスは、同社が製作したOneWeb衛星のモデルを「Satellite 2019」で公開して関心を呼んだ。
エアバスは、同社が製作したOneWeb衛星のモデルを
「Satellite 2019」で公開して関心を呼んだ。

アイソトロピック・システムズは、3種のレンズを組み込む特殊なマルチビーム・アンテナを開発中で注目に値する。
アイソトロピック・システムズは、3種のレンズを組み込む
特殊なマルチビーム・アンテナを開発中で注目に値する。