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世界の衛星通信業界の動向

2022年における世界の衛星・宇宙業界の現状と動向

筆者 近影
神谷直亮(Naoakira Kamiya)
衛星システム総研 代表
日本衛星ビジネス協会 理事

今回から本稿のタイトルを「世界の衛星・宇宙業界の現状と動向」に変更した。理由は、スカパーJSAT社が、衛星通信・衛星放送事業者から「宇宙実業社」に看板を塗り替えて宇宙におけるより広いビジネスに乗り出している。さらに、同社とNTTが7月にスペース・コンパス社を設立して宇宙を舞台にした最先端のビジネスを展開し始めたからである。

今年の衛星・宇宙業界のトピックスは、何と言っても中国の宇宙を舞台にした活発な活動とロシアのウクライナ侵攻に伴う通信衛星・観測衛星の目覚ましい対応だ。
日刊紙でも大々的に報じられたが、中国は、10月31日に実験棟「夢天」を「長征5B」ロケットで打ち上げ、すでに稼働している宇宙ステーション「天宮」へのドッキングに成功した。これで中核施設、有人宇宙船、宇宙貨物船、実験棟の4主要施設の連結を一通り完了したことになる。NASA(米航空宇宙局)が主導するISS(国際宇宙ステーション)と並ぶ独自のCSS(中国宇宙ステーション)がフル可動できる段階に達したことで、中国の宇宙における存在感が一気に高まったと言える。
将来を見据えた中国の快挙と言えるプロジェクトがもう一つある。量子暗号技術を使ってセキュアな通信を保証する「量子鍵配送(Quantum Key Distribution : QKD)」プロジェクトだ。中国は、すでに2016年に「Micius」衛星で中国とオーストリア間のQKDを実現して世界を驚かせたが、さらに今年7月に2機目となる「Jinan-1」衛星を打ち上げた。質量100kg位の小型衛星と言われているが「Jinan-1」の伝送スピードは、「Misius」の2倍から3倍とのことである。
筆者の知る限り中国以外では、2つのプロジェクが浮上している。英国のRAL SpaceとシンガポールのSpeQtral社がQKDのデモ用衛星「SpeQtre」を鋭意開発中である。7月に最終設計審査を終えたというので2023年には打ち上げが可能と思われる。
もう一件は、EU/ESAが主導する「Eagle-1」QKD衛星プロジェクだ。実務を請け負っているのはSES社と20社で構成されるコンソーシャムで、衛星の製作はイタリアのSitael社がドイツのTesat Spacecom社製のQKDペイロードを搭載して行うという。打ち上げには、アリアンスペース社のVega-Cロケットの採用が決まっており、2024年に投入された後の運用はSES社が行う計画になっている。

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻をめぐっては、言うまでもなく静止衛星、低軌道周回衛星、光学観測衛星、レーダー観測衛星が話題になった。
まず、米国ViaSat社の静止衛星「KA-SAT」が、侵攻の当日に計画的と思われる攻撃によりサービス停止に追い込まれた。攻撃の狙いは、主にウクライナ国内に設置されていた「SurfBeam2」「SurfBeam2+」モデムと思われたが、「KA-SAT」衛星は、ウクライナのみならず欧州各国にブロードバンド・インターネットを提供していただけにショックは大きかった。
この予期せぬトラブルを踏まえて、ウクライナ政府のMykhailo Fedorovデジタル担当大臣は、SpaceX社のElon Musk CEOに直接電話して同社が運用する低軌道周回衛星「Starlink」による通信サービスの提供を要請したと言われている。真偽のほどは確かではないが、これに応えてMusk CEOは、2,000台の「Starlink」用送受信ターミナルを要請の翌日に無償で提供したと報じられた。その後さらに10,000台に増え、ウクライナ政府はもちろんのこと国民に対してもブロードバンド・インターネットを提供する環境が整った。戦地での基地局と電源の確保が気になったが、必要最小限の貴重な通信は実現できているようだ。

光学観測衛星の活躍に関しては、Maxar Technologies社の「Worldview-3」衛星が撮影した高画質映像が注目を集めた。同社によれば、ウクライナも含め「毎日のように撮影されるグローバルな映像は380万平方キロメートルの範囲に及び、アーカイブに収納済みの衛星画像のデータ量は125 ペタバイト以上」という。 アルゼンチンのブエノスアイレスに本社を構えるSatellogic社の光学観測衛星も活用された。同社はマルチスペクトルとハイパースペクトルセンサーを搭載する小型衛星5機を今年4月にSpaceX社のファルコン9ロケットで打ち上げ現在稼働中の衛星は26機を数える。 Planet Lab社も「高頻度撮影、低価格」でウクライナ政府に光学写真の提供を行っている。BGR帯データに加えてNIR(近赤外線)画像データも提供しているという。 合成開口レーダー(SAR)を駆使する観測衛星では、Capella Space社の「Sequoia」、Umbra Lab社の「SAR-2001」、ICEYE社の「X-14/15/16」による画像提供サービスが話題になった。また、SAR観測衛星と言うよりは、電子偵察衛星に属する「HawkEye360」衛星の活躍が目覚ましく、この衛星のお陰で夜間に行われるロシア軍の移動状況をピンポイントにキャッチすることができたと言う。

中国とウクライナの話題に次いで、今年は光通信(Laser Communication)とサテライトとスマホ間の直接通信(Direct Satellite-to-Smartphone Connection)が注目を集めた。
宇宙における光通信が日本でも現実味を帯びてきたのは、スペース・コンパス社がアメリカのSkyloom社と提携して、宇宙での超高速かつリアルタイムの光データリレーサービスの実現を目指しているからである。スペース・コンパス社の森茂弘CO-CEOは、「光データリレー技術は、GEO、LEO、地上を結ぶネットワークとコンピューテイングを革新する要」と述べている。具体的には、2024年に光データリレー衛星初号機をアジア上空の静止軌道に打ち上げ、低軌道を周回する地球観測衛星コンステレーションがもたらす大容量観測データの伝送を請け負う。さらに2026年には3機体制によるグローバルなカバレージの実現を視野に入れている。
世界的には、すでにAirbus Defense & Space社がESAとの契約に基づいて2機の静止衛星(EDRS-AとEDRS-C)を駆使し光データリレーバックボーンを構築している。衛星に搭載されている光通信用のターミナルは、ドイツのTesat Spacecom製である。
アメリカでは、Spacelink社がMEO軌道で運用する光データリレーネットワークプロジェクトを立ち上げて先行していたが、親会社のElecto Optic Systemsからの資金援助が続かず行き詰まっているようだ。ちなみに光通信機器の調達先としては、OHB Systems、Mynaric、Blue Marbleの3社が挙げられている。またユーザーとして米軍、NASA、DARPAなどが大いに関心を示していることもあり、白馬の騎士が出現して手を差し伸べることを祈りたい。

サテスマビジネスの最先端を行っているのは、AST SpaceMobile社だ。同社は、9月10日にセルラーブロードバンドサービスを目指す実証試験衛星「BlueWalker3」をファルコン9ロケットで打ち上げ、現在メリーランド州、コロラド州、オーストラリアの地上局を駆使して軌道上テストを実施している最中である。「SpaceWalker-3」衛星の特色としては、64平方メートルにも及ぶ巨大な展開型太陽電池アレイ兼フェーズド・アレイ・アンテナをパネルの裏表に装備するユニークなデザインが挙げられる。
AST SpaceMobile社によれば、実証試験を踏まえて「SpaceWalker」から「BlueBird」に名称を変更し、20機の衛星を高度500km〜700kmに打ち上げてコンステレーションを構築する計画という。興味深いのは、楽天モバイル、Vodafone Group、 AT&T、Orangeなど25社がコマーシャルサービスを前提に支援の名乗りをあげていることだ。

AST SpaceMobile社の進展を横目でにらみながら7月には、Qualcomm Technologies、Ericson、Thalesの3社が共同で“5G into Space”の検討を行っている旨の発表を行った。衛星を活用して5GのNTN(非地上系ネットワーク)を構築しようという試みで、災害時のバックアップやデジタルデバイドの解消を最優先に考えているようだ。
8月には、SpaceXとT-Mobileの両社が、SpaceXが展開する「Starlink」低軌道周回衛星とT-Mobileの地上系ワイヤレスネットワークを接続して米国内におけるユニバーサルカバレージ(アラスカの一部を除く)を実現するプロジェクトを発表した。とりあえずはSMSやMMSなどのメッセージ・サービスを狙うものと思われる。
9月には、アップルが衛星経由で緊急SOSメッセージを発信できる「iPhone 14」を発表して業界に新風を吹き込んだ。米Globalstar社と提携したビジネスで、同社が高度1414kmで運用する48機の低軌道周回衛星を活用してサービスを行う。

最後に、筆者のファイルに入っている今年1月から本稿締め切り時点の10月末までに打ち上げられた通信・放送衛星のリストを紹介する。今年の衛星業界の潮流を如実に物語っており、特にStarlink衛星のFalcon-9ロケットによる打ち上げ回数がいかに多かったかが良くわかる。数えてみると35回に及んだFalcon-9の打ち上げの内の30回がStarlink衛星の打ち上げである。一方、不運だったのはロシアのSoyuzロケットが使えなくなり、OneWeb衛星の打ち上げが3月以降キャンセルとなった。その後、インドのISRO(インド宇宙研究機関)が運用するGSLV-MkVロケットに切り替えて、打上げが再開されたのは10月であった。

1月6日 Stralink衛星49機 Falcon-9ロケットで打ち上げ。
1月18日 Starlink衛星 49機 Falcon-9
2月3日 Starlnk衛星 49機 Falcon-9(太陽磁気嵐で40機を正規の軌道に投入できなかったと報道されている)
2月10日 OneWeb衛星 34機 Soyuzロケットで打ち上げ。
2月21日 Starlink 衛星46機 Falcon-9
2月25日 Starlink 衛星50機 Falcon-9
3月3日 Starlink 衛星47機 Falcon-9
3月9日 Starlink 衛星48機 Falcon-9
3月18日 Starlink 衛星53機 Falcon-9
4月15日 中国のChinasat-6D衛星 長征ロケット3Bで打ち上げ
4月21日 Starlink 衛星53機 Falcon 9
4月29日 Starlink 衛星53機 Falcon 9
5月6日Starlink衛星 53機 Falcon-9
5月14日 Starlink衛星 53機 Falcon-9
5月18日 Starlink 衛星53機 Falcon-9 
6月8日 エジプトのNilesat-301衛星 Falcon-9
6月17日 Starlink衛星 53機 Falcon 9
6月19 日アメリカのGlobalstar 衛星Falcon-9
6月22日 マレーシアのMeasat-3d & インドのG-Sat-24衛星 Ariane-5ロケットで打ち上げ
6月30日 ルクセンブルグのSES-22衛星Falcon-9
7月7日 Starlink 衛星53機 Falcon-9
7月10日 Starlink 衛星46機 Falcon-9
7月17日 Starlink 衛星53機 Falcon-9
7月20日 Starlink 衛星46機 Falcon-9
7月24日 Starlink 衛星53機 Falcon-9
8月9日 Starlink 衛星52機 Falcon-9(この時点で累計打ち上げ数が3,000機を超えたと思われる)
8月12 日Starlink 衛星46機 Falcon-9
8月27日Starlink 衛星54機 Falcon-9
8月30日 Starlink 衛星46機 Falcon-9
9月4日 Starlink 衛星51機 Falcon-9
9月7日 フランスのEutelsat Konnect VHTS衛星 アリアン5ロケットで打ち上げ
9月10日 Starlink衛星 34機 & BlueWalker-3衛星 Falcon-9
9月18日 Starlink 衛星54機 Falcon-9
9月24日、Starlink 衛星52機Falcon-9
10月4日 SES-20 & SES-21衛星 ULA社の Atlas-5ロケットで打ち上げ
10 月5日Starlink 衛星52機 Falcon-9
10月7 日 Intelsatの Galaxy-33 & Galaxy-34衛星 Falcon 9
10月15日EutelsatのHotbird-13F衛星 Falcon-9
10月23日 OneWeb 衛星36機 ISROのGSLV-MkVロケットで打ち上げ
10月20日 Starlink衛星 54機Falcon-9
10月27日 Starlink 衛星53機 Falcon9(累計打ち上げ数約3,460機と推定される)

サテライト国際会議・展示会2021
China Space Station「天宮」がフル可動できる段階に達したことで、中国の宇宙における存在感が一気に高まった。(出典:cmsa.gov.com)

SpaceX社は、9月14日に51機のStarlink衛星を投入
ロシアのウクライナ侵攻をめぐっては、Maxar Technologies社の光学観測衛星「Worldview-3」が注目を集めた。(出典:maxar.com)

「OneSat」プラットフォーム
6.4トンという今年最大の衛星「Eutelsat Konnect VHTS」(Thales社製)が9月に「アリアン5 ECA+」ロケットで打ち上げられた。(出典:thalesgroup.com)