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ビジネス事例紹介

三菱電機の商用衛星事業への取組み

はじめに

三菱電機は2005年宇宙通信株式会社殿よりスーパーバード7号機を受注し、現在システム試験を実施中である。この衛星の受注により米国メーカーに独占されてきた国内商用通信衛星市場に突破口を開いた。
スーパーバード7号機は当社製国産標準バスDS2000が採用された。打上げ質量約5トン、Kuバンドトランスポンダ28本を搭載し、2008年にアリアン5ロケットにより仏領ギアナより打上げ予定である。東経144度にてスーパーバードC号機の後継機としてケーブルテレビ向け配信や企業内通信、移動体通信等のサービスに供される。
以下に、当社の商用衛星事業への取組みと今後の商用衛星市場の展望について紹介する。

日本における商用衛星の歴史

日本の商用衛星の歴史を述べるときに避けて通れないのが、1990年日米合意である。日本の実用衛星技術は初期のBS、CS 及びGMS 計画に始まり着実に力をつけてきた。当社も、宇宙事業参入当初から衛星システムインテグレータを目指し、1980年代中盤にはNASDA 殿(現JAXA 殿)より静止三軸通信衛星であるETS-V 及び実用通信衛星CS-3 の開発を担当させていただいてきた。この後、日本の衛星業界を大きく左右することになったのが、日米貿易摩擦に端を発する衛星調達に関する日米間の取り決め「1990年日米合意」である。この取り決めの中で、自由貿易及び政府による産業助成排除の観点から、日本政府及び関係機関が調達する非研究開発衛星の公開調達の実施が義務付けられ、これを境に日本の商用衛星市場は実績で上回る米国メーカーに独占されていくこととなった。以降、N-STAR、BS-3N、BSATシリーズ、N-STAR c号機、MTSATシリーズ等十数機が国際公開調達により発注されている。
また、国内民間衛星事業者の発注する通信放送衛星も、競争入札の下、今回のスーパーバード7号機を除く22機(軌道上19機、製造中3機)はすべて米国メーカーに発注されてきた歴史がある。

商用衛星への取組み
(1) 衛星搭載機器からの第一歩

当社は、1968年のインテルサットIII搭載用機器の開発を皮切りに、現在までにインテルサットシリーズ、インマルサットシリーズ、INSATシリーズ、ICOプロジェクト等、300以上のプロジェクトに参画してきた。主たる製品としては、中継機器、アンテナ、太陽電池パネル、ヒートパイプパネル、リチウムイオンバッテリであり、数多くのフライト実績を経て、世界の衛星メーカーとの長期供給契約に発展したものも多い。

(2)衛星システム主契約への道

当社は、衛星搭載機器での豊富な実績とともに、国内の宇宙開発における長年のシステムインテグレータとしての技術蓄積を基に、商用衛星システムへの取組みを加速している。1999年に当社が主契約者となり、米国のスペース・システムズ・ロラール社(SS/L社)とのチーミングの下で受注した豪州のケーブル・アンド・ワイヤレス・オプタス社(現シングテル・オプタス社)のOptus-C1がその先陣である。

Optus-C1の入札には欧米主要衛星メーカーが参加、厳しい競争となったが、当社のそれまでの衛星搭載機器メーカーとしての実績や日本国内の宇宙開発の実績とともに、顧客にとって魅力ある提案を行ったことが評価された。Optus-C1はKu, Ka, X、UHFと4つの周波数帯と合計18基のアンテナを搭載した極めて搭載密度の高い衛星で、2003年6月にアリアン5ロケットにより無事打上げに成功し、約3年を経過した現在も不具合なく、運用されている。Optus-C1は当社にとって、初めての商用衛星の主契約であり、この契約を通じて、商用市場の商習慣、契約慣習、顧客と一体となったプロジェクト遂行を体得することができた。何よりも世界市場において商用衛星メーカーとして認知された意義は大きい。

(3)国内商用衛星市場への展開

日本国内の商用衛星市場における初受注となったのが2000年のMTSAT-2である。MTSAT-2は航空管制ミッションと気象観測ミッションを搭載する多目的衛星であり、2006年2月18日に種子島宇宙センターからH-IIAロケット9号機により打上げられた。図-1にMTSAT-2の外観図を示す。

図-1 運輸多目的衛星MTSAT-2外観図
図-1 運輸多目的衛星MTSAT-2外観図

このMTSAT-2は当社の国産標準バスDS2000を採用し、当社製作所内に巨費を投じて整備した衛星組立・試験設備にて製造された当社にとって初めての国内実用衛星である。この設備により、衛星組立・インテグレーションからシステム環境試験までを一貫して実施することが可能となった。すなわち熱真空チャンバー、音響試験チャンバー、振動試験装置、コンパクトアンテナテストレンジ等必要な試験設備が一つの建物の中にすべて揃っているため、衛星の輸送リスクと不要な移動時間を排除し、クリーンで安全な状況下での作業を実現することができた。また、衛星の打上げ及び軌道上試験においては同じ製作所内にあるサテライト・オペレーション・センター(SOC)を用いて運用管制を行った。

当社国産標準バスDS2000

DS2000は、JAXA殿やUSEF殿の衛星開発プロジェクトやこれまでの国内外商用衛星プロジェクトへの参画を通じて培ってきた技術を基に、商用衛星顧客のニーズに応える下記要素を踏まえて確立した静止衛星用標準バスである。JAXA殿の技術試験衛星ETS-VIIIがベースであり、個々の要素技術については、2002年に打上げられたJAXA殿のデータ中継技術衛星(DRTS)の実績や、その他衛星の開発実績に基づいている。ETS-VIIIの外観図を図-2に示す。

提供 宇宙航空研究開発機構(JAXA)図-2 ETS-VII外観図
提供 宇宙航空研究開発機構 (JAXA)
図-2 ETS-VII外観図

商用衛星市場における顧客の衛星に対する要求は、以下の4項目に大別される。

  1. 衛星の製造期間の短縮
  2. 衛星の価格の低減
  3. 品質、信頼性の確保
  4. 運用安全性の確保(=保険コストの低減)

DS2000は、この要求に応えるべく使用構成機器のメニュー化、標準化、構体系の軽量化、推進系構成の標準化、通信ミッション等のペイロード搭載エリアの拡張、高密度実装化、商用通信衛星用軽量アンテナの採用、インテグレーション手法の適用および設計ツールの整備等を踏まえて開発された。
当社が行っている主な標準化活動は以下の通りである。

(1)使用構成機器のメニュー化・標準化

商用衛星に求められるバスシステムの基本機能、性能に対応できる範囲で、自社製作機器および外部調達機器の仕様統一、設計標準化を推進している。衛星の規模、仕様に依存する機器については要求のバリエーションに対応できる工夫を施し、衛星の規模、仕様に依存しない部分は共通ハードウエアとする、といったコンセプトを取り入れ、衛星毎の設計、解析量の削減を図っている。

(2) インテグレーション手法の標準化

DS2000は、通信などの衛星ミッションをつかさどるペイロードモジュール、衛星を所定の軌道、姿勢、温度に維持し、必要な電力をペイロードに提供するための基幹部分をつかさどるバス・推進モジュールにより構成される。この製造、組立、試験を極力効率よく短期間で実施するために、ペイロードモジュールとバス、推進モジュールの組立てを並行作業で実施する。また、構体組立の効率化、並行作業化、ハーネス配線作業および試験の自動化等を実現し、工期の短縮と品質の向上を図っている。

(3)品質、信頼性の確保

当社は、衛星の開発・製造のみならず衛星運用を含む総合的なシステムの品質、信頼性を最大限高めるために、従来の品質信頼性活動に加えて特別組織を設立し、製作所の全従業員が一丸となって製品の高い品質と信頼性を確保するための活動に取組んできた。
具体的には、第三者が、いわゆる「独立した確認と検証」に従事し、各種審査および不具合予防活動を展開する。推進センタは宇宙関連部門が行う全ての活動を監視し、品質に関する問題が生じると勧告、追跡調査を開始する等の活動を行っている。

まとめ

米連邦航空局商業宇宙輸送諮問委員会(COMSTAC)によると、2007年〜2016年の10年間の商用の静止衛星の需要は19〜23機/年で推移し、平均21機/年と予測している。発展途上国における衛星通信需要が高まる一方、高速地上通信網の普及により、特に先進諸国における需要は伸び悩んでおり、全体としてはほぼ横這いである。しかし既存衛星の代替需要もあり、一定規模の需要は継続すると見込まれる。
商用衛星は、技術力、コスト、生産能力(納期)の面で常に競争の世界であるとともに、実績(信頼性)が重要視される。欧米勢と比較すると、実績面ではまだまだその格差は大きいが、Optus-C1の成功、MTSAT-2の打上げ、スーパーバード7号機の受注により、商用衛星事業参入への足掛かりを築いた。これらのプロジェクトの「100.00%成功」を目指し、着実に実績を積み重ねることによって顧客の信頼を獲得するとともに、実利用、産業化に繋がる基盤技術の開発にも継続的に取り組み、今後の商用衛星システムの受注に結び付けたい。